|

世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓!

世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓!

「玉陵」(たまうどぅん)は2018年10月19日沖縄県内の建造物で初めて国宝に答申されました。

世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の中の一つとして2000年12月に登録されました。首里城守礼門から200メートルほど西側に位置し、第二尚氏王統の陵墓です。1501年、3代目尚真王が、父である伊是名島出身の初代尚円王を祀るためにつくられました。沖縄戦で破壊されましたが、1974年から3年かけて修復されて、ほぼ原型と同じになっています。2つの門をくぐって、陵墓にはいっていきます。

 

首里の世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓

【3つの部屋からなる沖縄特有の「破風墓」】

板葺き屋根を表した石仏構造になって、3つの部屋があります。中央に見える円筒形の柱より手前が、東室。その向こう側が中室があって、少し屋根が高くなっている西室があります。三角屋根の形をした「破風墓(はふばか)」と言われ、琉球王朝の墓とされていました。

世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓で3つの部屋を持つ

写真提供:沖縄観光コンベンションビューロー

 

【中室】

まず、王、妃が亡くなると、中室に遺体が安置され、月日をかけて骨だけになるのを待ちます。その後、洗い清められ、骨壺に入れて、東室に移されます。

世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓の中室

【東室】

琉球王、妃が埋葬されている東室です。琉球王の陵墓らしく、威厳が感じられます。一番最後は、1934年(昭和9年)尚家20代目尚典候が埋葬されています。

世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓の東室

 

【西室】

西室はその関係者が西室に埋葬されます。

世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓の西室

【奉円館地下の資料展示室】

玉陵入口にある切符売り場「奉円館」の地下には資料展示室があります。先に入って概略を知ってから玉陵を見るといいと思います。

その資料の中の一つですが、上から見るとよくわかりますね。真ん中の中室で洗骨、左側の東室に王と王妃、右側の西室に関係者が埋葬されています。

世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓奉円館資料

歴代の王はこのような石厨子(骨壺)の中におさめられています。右側が初代「尚円王」のものです。

世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓石厨子

 

【東の御番所】

外郭の脇にある「東の御番所(あがりのうばんじゅ)」法事の際の国王の控え所として使われていましたが、太平洋戦前は360cm四方しかなく、葬儀に必要な道具類を置く倉庫として使われていました。2000年の発掘作業の際、中国からの陶器などが見つかったほか、数々の事実がわかってきました。そして、現在の「東の御番所」が復元されました。

世界遺産「玉陵」は国宝に答申された第二尚氏王統の陵墓東の御番所

 

【第二尚氏とは】

さて、第一尚氏と第二尚氏ですが、少し掘り下げてみましょう。まず、琉球王朝は尚巴氏が初代尚思小紹氏の時代の1416年北山を制圧、尚巴氏の時代になった1429年に南山を制圧して、琉球王朝を統一しました。7代まで続きましたが、いわゆるクーデターにより、尚円が王につきます。同じ尚氏を名乗っていますが、全く系統が違い、この玉陵においても、第一尚氏は全く埋葬されていません。あくまで第二尚氏一族の陵墓です。第二尚氏は、1464年に王位に就き、19代目尚泰王の時代、1879年(明治12年)に琉球処分によって、琉球王国が終わります。第二尚氏だけで400年以上という長期政権でした。

【玉陵】

住所:沖縄県那覇市首里金城町1-3

営業時間:9時~18時

入場料:大人300円、子供150円

写真提供:沖縄県観光コンベンションビューロー

 
2018年10月19日更新

アーカイブ

カテゴリーから選ぶ

エリアから探す

Translate »