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中城城跡から見る沖縄の歴史、世界遺産に黒船ペリーもやってきた!

中城城跡から見る沖縄の歴史、世界遺産に黒船ペリーもやってきた!

世界遺産中城城跡(なかぐすくじょうあと)は首里城と勝連城のちょうど中間に位置する重要なグスク。護佐丸が城主をつとめ、勝連城の阿麻和利を牽制していたと言われる。黒船ペリーは浦賀に立ち寄り以前の1853年来琉した際にこの中城にやってきて城の素晴らしさをたたえている。

中城城跡の城壁から見る歴史

石積み修復作業から新たな歴史がわかった

世界遺産中城城跡の城壁修復作業

2019年1月19日撮影

崩れ落ちる危険性がある城壁を一つ一つ番号を振ってはずし、また新たに組み直していきます。

中城城跡の石積み修復

このような地道な作業をしていたところ、外していった城壁の裏側から14世紀前半とみられる城壁が見つかりました。これはあの築城の名手「護佐丸(生年は1930年頃)」か先中城按司が防御のために、さらに高い城壁を築いたからとみられています。これまでわかっていた14世紀後半の築城といわれていた事実よりさらに半世紀、歴史がさかのぼることになりました。

新しく見つかった城壁の中から13世紀後半から14世紀前半にかけて作られた中国の陶磁器が見つかったことから、この発見に至りました。

中城の歴史がわかる石積み

中城は、14世紀後半に中城按司(あじ/称号、位階の一つ・王家の分家で日本の宮家に相当する)によってたてられ、1440年に座喜味城を建てた護佐丸が王命により赴任し、三の郭と北の郭を増築しています。

                世界遺産中城城跡の石積み

この約100年の間に築城技術が進み、この中城では、3種の石垣積み手法が見られます。ここは必見のところです。石の形に合わせて積み上げていく「野面積み」は南の廓、四角い形にした石を積んでいく「布積み(写真右側)」は一の廓と二の廓、さらに進化した「相方積み(写真左側)」は三の廓と北の廓に見られます。詳しい説明は、世界遺産の楽しみ方(石積み編)をご覧ください。

 

築城家として名を馳せた護佐丸が城主

「琉球王国のグスク及び関連遺産群」には首里城を始めとする5つのグスクと斎場御嶽等の4つのスポットが登録されています。城の中でも5つのうち2つ(座喜味城、中城)は築城家として名を馳せた読谷山按司・護佐丸にゆかりのあるグスクです。

 

中城城主護佐丸

護佐丸歴史資料図書館にて撮影

首里城と勝連城のほぼ中間に位置し、勝連城を牽制する意味で王府が護佐丸を配した城です。その場所を意識して、歴史的な背景がわかって、この城を見ると楽しみが一気に広がります。

 

護佐丸歴史資料図書館

中城村の護佐丸歴史資料図書館には、護佐丸のことが詳しく展示されています。石積みパズルなどもあって、楽しみながら、護佐丸のことがよくわかります。是非に立ち寄ってもらいたいところです。

沖縄県内初!中城城跡の石積みパズルが楽しめる「護佐丸歴史資料図書館」の記事はコチラです。

中城城跡にもやってきたペリー

ペリーがやってきた世界遺産中城城跡

写真提供:OCVB

世界遺産・「中城城跡」でのペリー提督調査隊です。この時書かれた「日本遠征記」によって、当時の様子を知る貴重な資料になっているのも確かですが、約90年後の沖縄戦のために役立たせていた部分もあるかと思うと、腹立たしさも感じます。

参考:ペリー提督日本遠征記(角川ソフィア文庫)

この本は上下巻に分かれ販売されていますのでご興味ある方を読んでみてください。沖縄だけではなく、喜望峰、マラッカ海峡や小笠原踏査なども書かれており、非常に参考になりました。

この本の中で、ペリーは中城城跡の建築技術や芸術性を高く評価しています。

参考ブック

 

世界遺産『中城城跡(なかぐすくじょうあと)』に入ろう!

中城城跡の料金所

敷地面積は33400坪、城壁の中だけでも4300坪あります。眺望は抜群、でも、歩く距離がちょっとあるが見応えも抜群の城です。駐車場から入っていくと、管理事務所があって、ここで料金を支払います。左手の坂道を登っていくと、その正面にあるのが裏門です。

中城城跡のカート護佐丸号

ココでは護佐丸号に乗って城壁に沿ってぐるっと回って正門から入って行きましょう。中城公式ホームページの城跡マップを見てもらうとわかりやすいですね。

※コロナ感染拡大防止のため、一時休止中です。中城城跡では裏門から見学するように案内しています。

午前は裏門から、夕方は正門からがお勧め

駐車場から入ってくると、裏門が近いのがわかりますね。この地図は北が下になって、右が西になります。となると、夕方近くなると西日を背にした方が見やすいし写真も撮りやすいので、午後は管理事務所から続く城の下の道を通って、正門から入り、午前の早いうちは裏門から入っていくとちょうどいい具合になります。

世界遺産中城map

出典:中城城跡公式ホームページ

 

上のホームページと同じ向きで、中城の模型を写真にしました。向こう側が太平洋(中城湾)の広がる南側になります。
世界遺産中城城跡
 

中城城跡は、標高160mの高台にあり、東側には、太平洋・中城湾が広がり、北は勝連城のある勝連半島、西側には、東シナ海、南は知念半島が望めます。山の稜線に築城された崖の上にある城です。

中城城跡正門

世界遺産中城城跡正門

駐車場から入っていくと、正門が一番遠い場所にあります。なぜって、一番首里城に近い場所にあるから「正門」になります。

三の郭城壁

世界遺産中城城跡の石垣
これは三の郭城壁。護佐丸によって建てられた相方積みの石垣がわかります。
 

三の郭・大井戸

中城城跡の内部には攻められた時の備えとして、高台にありながら井戸が作られています。長期戦に水は必需品だったということです。石段を下りた先が井戸になっています。

中城城跡の井戸に繋がる階段

ウフガー、つまり「大井戸」です。

中城城跡のウフガー、大井戸
 
現地の解説を読むと、この井戸を作るために「北の」を増築しており、余分な水を排水できる排水溝も見つかっていると書かれています。
世界遺産中城城跡の大井戸ウフガー

 
二の

世界遺産中城城跡の石垣

海が望まれ、高台にあることが良くわかりますね。ここは、布積みの石垣です。

 
一の郭

世界遺産中城城跡の城壁
 青空が広がっていますが、高台にあるから周りの障害物が何もないことがわかります。この一の郭に正殿がありました。
廃藩置県後には中城村役場が建てられましたが、沖縄戦で焼失してしまいました。

 

裏門

中城城跡は駐車場から一番近いのが裏門

精巧に作られたアーチ門が見応えありです。

 

中城城跡に8カ所ある拝所

中城城跡には8か所の遥拝所があります。川が少ない琉球にとって水は貴重であったために雨乞イノ御嶽(あまごいぬうたき)、琉球神話の聖地久高島を遥拝した久高遥拝所などがあります。

首里遙拝所

中城城跡の首里遙拝所

これは通称:首里遥拝所。護佐丸が首里王に忠誠を誓っていた証でしょうか。首里の方を向いて、首里王を祀った拝所が設けられています。

 

久高遙拝所

中城城跡の久高遙拝所

琉球開闢の聖地久高島を拝む場所。同じ世界遺産の斎場御獄にも久高遙拝所があります。中城城跡の久高遙拝所からは残念ながら、久高島を直接見ることは出来ません。

二の廓にある拝所「シライ富ノ御イベ(しらいとみのおいべ)」

二の郭にある遙拝所

どうですか?何に見えますか?横に細長い形は「船」をイメージしたものです。当時琉球王国は貿易立国で、今のように飛行機はありませんから、船で中国や東南アジアまで行くようになります。命がけの航海なので、航海の安全を願ってここで拝んだそうです。

ボランティアガイドを頼もう!

中城城跡のボランティアガイド

世界遺産の5つの城を回ってよくわかったこと。当然、そこには歴史があり、必然な背景があります。ただ、景観がいい、城壁の曲線がいいと見ているだけではなく、知るとよくわかることがたくさんありますね。この中城にも無料ガイドの「グスクの会」があります。ぜひ、話を聞いてもらいたいものです。
ガイドの予約はこちらです。 (コロナ感染対策のため一時休止しています。)

 

中城城跡詳細情報

住所:沖縄県中頭郡中城村泊1258番地

料金:大人400円、中高生300円、小学生200円

駐車場:大型バス7台、普通車50台 無料

所要時間:ガイドコースは概ね1時間です。60分から90分見ておきたいですね。

注意事項:車椅子、ベビーカーの使用は出来ません。石畳や段差があるため。

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徳島県徳島市出身 20代の頃は旅行会社勤務、やがて飲食業に転じ、居酒屋経営。泡盛との出会いから沖縄に通うようになる。沖縄愛は次第に深みにはまり、東京泡盛会を沖縄県酒造組合と開催したり、沖縄ファンクラブの役員をするなど、生活が沖縄化している。還暦を迎え、沖縄移住に向け計画進行中。趣味はまち歩き。

2017年5月3日公開、2019年1月24日更新、2021年1月23日更新

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