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5月15日は「沖縄本土復帰記念日」!!

第2次世界大戦から27年後の1972年5月15日。沖縄は本土復帰を果たしました。太平洋戦争後、沖縄はアメリカに占領されていましたが、 昭和47年(1972)5月15日午前0時をもって発効し、沖縄の施政権がアメリカから日本に返還され、 日本領に復帰し「沖縄県」が誕生した記念日なのです。

沖縄本土復帰記念日とは

米国から沖縄本土復帰記念日

第二次世界大戦後、日本はずっと米軍の占領下にありました。1971年(昭和46年)6月17日に、東京とワシントンで結ばれた「沖縄返還協定」が、1972年(昭和47年)5月15日午前零時をもって発効し、第二次世界大戦以来、27年間アメリカの統治下にあった沖縄県が日本に復帰を果たします。

日本政府は「本土並み」の復帰を目指しましたが、現在の沖縄県には、31の米軍専用施設があり、その総面積は1万8,609ヘクタール。本県の総面積の約8%、人口の9割以上が居住する沖縄本島では、約15%の面積を占めています。

アメリカだった頃の沖縄:パスポートを使用

アメリカ統治時代、沖縄の人が本土へ行く際には、パスポートと渡航証明書が必要でした。最近では沖縄の人であっても、過去にパスポートが必要だったという 沖縄の歴史を、知らない子供たちはとても多いようです。

アメリカだった頃の沖縄:アメリカドルを使用

アメリカの領土であった頃の沖縄は、日本円ではなくドルを使用していました。 その頃は、1ドルが300円以上の円高時代だったため、みんなこぞってドルを円に換金したそうです。私のお友達のうちなんちゅは、子供の頃のお年玉はドルでもらっていたと聞きました。

アメリカだった頃の沖縄:車は右側通行

出典:沖縄タイムス

沖縄は1972年5月15日に沖縄は本土復帰を果たしましたが、本土復帰後も当面の間、車は右側通行でした。しかし1978年(昭和53年)7月30日、午前零時を以て、【右側通行】から日本本土と同じ交通ルールの【左側通行】へと変更になりました。

写真は当時、国際通りで撮られたもので、向かって左側が1978年7月29日の右側通行の写真。右側が1978年7月30日の左側通行の写真。当日は、一斉に切り替えを行なった為、あちこちで交通事故が発生したようです。

沖縄の歴史を紐解くと、いろんな出来事があった事がわかります。沖縄旅行に来られる際に、歴史を知っておくともっと楽しめること間違いナシです。

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福岡県出身。沖縄が好きすぎて2011年に那覇市に移住。現在は、インスタグラムなどで沖縄大好きを発信中!沖縄モチーフの革小物を製作・販売するSunking LeatherCraft代表。レザーソムリエ。泡盛マイスター。

2020年5月6日公開、2021年5月10日更新、2022年3月10日更新、2022年5月8日更新、2023年5月13日更新

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