那覇の中心街「国際通り」。国際通りはもちろん、国際通り界隈にある通りには通り名が付けられており、その一つ一つには通り名の由来があります。今回は各通り名について紹介したいと思います。歴史を知れば沖縄旅行がもっと楽しいものになるはずですね!
「国際通り」という名前の由来は、戦後国際通りのほぼ中央付近(現在のてんぶす那覇付近)に「アーニーパイル国際劇場」という映画館があったことからこの通りの名前がつきました。また、終戦後、県下でいち早く復興を遂げたことや、通りの長さがほぼ1マイルであることから、別名「奇跡の1マイル」とも呼ばれています。
県庁方面から安里方面に向かって歩いて行くと、左手に海邦銀行があります。そこから左に曲がったところが「一銀通り」。この通りと国際通りが交差する場所に、第一相互銀行という銀行があった事からこの名前がつきました。 本土復帰時に「本土に同じ名前の銀行がある」との理由で、第一相互銀行という名前から、現在の海邦銀行に改名されました。しかし一銀通りという名前は当時のまま。 オフィスやカフェ・居酒屋も多く、通りにあるオフィス用品販売店の「安木屋」の建物が目印です。
一銀通りを通り過ぎ再び安里方面に歩いて行くと、一銀通りの次の角を左に曲がったところが「パラダイス通り」です。しかし「パラダイス通り」っていい名前ですよね!この通りには1950年代にダンスクラブ「ニューパラダイス」があったことから、店名がそのまま通り名の由来となりました。戦後、道路が舗装され新しく生まれた商店街として「新生通り」と名付けられましたが、現在でも「ニューパラダイス通り」や「パラダイス通り」の通称で呼ばれています。沖縄に移住して10年経ちますが、パラダイス通りが「新生通り」だということを始めて知りました(笑)
パラダイス通りから国際通りを挟んで反対側の通りが「浮島通り」。通り名の由来は、この通り沿いに「浮島ホテル」という建物が有った事からついたと言われています。 また、「浮島」という言葉は、琉球王朝時代の那覇の通称で、現在は埋め立てられて、本島と一体化していますが、当時那覇が、湾内に浮かぶ島だった事からだそう。那覇は浮島だったんですね~!
国際通りのむつみ橋交差点からゆいレール美栄橋駅方面に伸びているのが「沖映通り」です。この通り名の由来は、沖映とおりに「沖映本館」という映画館が存在していたことに由来します。 戦後1951年から1977年の閉館まで、いつも大勢の客でにぎわっていた沖映本館。1968年、川の上に蓋をするように車道が作られ、地元の人たちに「沖映通り」と呼ばれはじめました。 そして1987年、一般公募により正式に命名されました。
むつみ橋の交差点から安里方面に歩いて行くと、平和通りがあります。てんぶす那覇の少し手前で、国際通りのれん街の目の間です。平和通りは商店街になっていて、沖縄ならではの土産物屋が多く建ち並んでいます。 戦後開南地区から牧志地区にかけて生まれた露店の市場が平和通りの始まりと言われていて、 昭和26年一般公募によって「平和通り商店街」に改称しました。 平和な世を熱望する人々の思いと、当時通り入口にあった平和館(映画館)にちなんで命名したようです。昔の国際通り界隈には、映画館がたくさんあったようです。
平和通り商店街に隣接する歓楽街「桜坂通り」。坂をのぼった場所には「桜坂劇場」という小さな映画館があります。「桜坂通り」の名前の由来は、以前、この坂に桜並木が有ったからとか言われています。全盛期は1960年代で、近くの壺屋や市場で働く人や、買い物などで来た人が、帰りに遊んでいた歓楽街だそうです。現在は、全盛時の面影を残したまま、静かに時が流れています。
国際通りにある、琉球銀行壺屋支店(現在はATMのみ)横から入る道が、「グランドオリオン通り」です。「グランドオリオン通り」の通り名の由来は、この通りにあった映画館「グランドオリオン」から由来しています。通り名の由来となった映画館、「グランドオリオン」と「グランドオリオン2」の入っていたオリオンシネマセンターは、2002年9月に閉館。私が沖縄に移住してきた2011年頃は、2002年に閉館したまま廃墟のように映画館の建物は残っていました。2015年には、その場所に国際通り屋台村がオープンし、那覇の新名所になりました。
牧志交番から細い通りに入ったところが「竜宮通り」。竜宮通りの名前の由来ははっきりしていません。が、竜宮通りで60年以上小料理屋を営む店主から聞いた話では、当時はどこでも工事中の道ばかりで道らしい道はないのに、店はいつのまにかどんどん出来ていき、あっという間に竜宮通りも小さな店が乱立したそうです。店はたくさんできたのに通り名はなく、ある時、年配のママが工事をしている作業員に「にーにー、この通り名前ないけど、いい名前ないね~」ときいてみたところ、その作業員が「この通りには、きれいな乙姫がいっぱいいるから、竜宮城からとって竜宮通りにしたらどーねー?」と言ったのが由来だとか。信じるか信じないかはあなた次第です(笑)
国際通りを安里方面に歩いて行くと、付き合った道が崇元寺通り。安里三差路から左手泊方面に伸びています。道の途中には、3連の石門があり、これが崇元寺。 崇元寺通りの名前の由来となっています。崇元寺は、沖縄県那覇市泊にあった臨済宗の仏教寺院で、琉球王国の国廟とされ、歴代琉球国王の神霊位を祀っていました。円覚寺とともに琉球双璧の名刹でしたが、1945年、沖縄戦により焼失しました。中国から冊封使を迎え、新琉球国王を承認する前に、諭祭(先王を祀る)を行った場所がこの崇元寺です。
いかがでしたか?歴史を知ると楽しみが増しますよね!国際通り界隈だけではなく、沖縄本島や離島の通り名も調べながら歩くともっと楽しめるかもしれません。