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南風原(はえばる)町「津嘉山大綱曳き」2003年以来21年ぶり7月27日開催!

南風原(はえばる)町「津嘉山大綱曳き」2003年以来21年ぶり7月27日開催!

2024年7月27日(土)・28日(日)の2日間、南風原町の津嘉山地区で「津嘉山大綱曳き」が開催されます。今年の「津嘉山大綱曳き」は、2003年以来21年ぶり、戦後6回目の開催です。南風原町津嘉山区の綱引きは、琉球王国時代に五穀豊じょうを願って始まったと言い伝えられている、歴史的なお祭り!歴史ある大綱曳きの復活を、ぜひ間近で楽しみましょう!

21年ぶりの開催「津嘉山大綱曳き」

津嘉山大綱曳き 概要

■開催日時:2024年7月27日(土)・28日(日)16時~
※大綱曳きは7月27日(土)17時開始

■開催場所:南風原町立津嘉山小学校 グラウンド(沖縄県島尻郡南風原町津嘉山684)

<1日目イベントスケジュール>
・14時~:東・西御物構広場でガーエー※出発前に親頭、綱頭、鉦鼓隊を伴って大殿内、高港で祭儀を行う
・16時~:東・西御物構広場から津嘉山小学校に向かい道ズネー(旗頭、鉦鼓隊、女踊りなど)
・17時~:津嘉山小学校でガーエー、グーヤマーチ・ヤッチャイ、山棒、シタク、御願、大綱曳き、綱曳き棒、女踊り
・19時~:東・西御物構へ道ズネー
・20時~:東・西御物構広場で女踊り・綱曳き棒など
東スネーイ順路:青色
西スネーイ順路:赤色

<2日目イベントスケジュール>
・14時~:東・西御物構広場でガーエー
・16時~:東・西御物構広場から津嘉山小学校に向かい道ズネー(旗頭、鉦鼓隊、女踊りなど)※スネーイの順路は1日目と同じです
・17時~:津嘉山小学校でガーエー、グーヤマーチ・ヤッチャイ、シタク、カナチヌジ(カナチ棒抜き)、場所を変えて山垣綱曳き(こども綱曳き)、山垣綱が帰るまでガーエー
・19時~:東・西御物構へ道ズネー
・20時~:東・西御物構広場で女踊り・綱曳き棒など

南風原町の観光サイトはコチラです。

津嘉山大綱曳きとは

出典:津嘉山大綱曳きFacebook

津嘉山大綱曳きとは、町内9つの字で旧暦6月25・26日を中心に行われる綱曳きは、南風原の夏の風物詩です。豊作を願い、各字特色ある綱曳きが行われ、地域の伝統文化と人々の団結を確認する機会になっています。
町内で最も大きい字津嘉山には、毎年行われる御願綱と、十数年に一度盛大に行われるウーンナ(大綱曳き)があります。先の大戦後は、長さ50メートルの綱を使った綱引きが毎年行われていますが、綱の長さを2倍の100メートルに伸ばした「大綱曳き」がおおむね10年に1回行われてきました。
しかし近年は、地元の公民館の建て替えで作業場所を確保できず、新型コロナの感染拡大もあって、開催は2003年が最後となっていましたが、伝統を継承し地域の結束を図ろうと、ことし7月末に2003年以来21年ぶりに行われることとなり、戦後6回目の開催です.
勇壮なシタクの登場、鉦鼓隊が奏でるリズミカルな音、女性たちによる綱曳き歌やイナグモーイなどが、大綱曳きの雰囲気を盛り上げます。

会場となる南風原町ってどんなところ?

南風原町は、沖縄本島南部の中央部に位置し、那覇市のすぐとなりにあります。「南風原町」の漢字を一目みて「はえばるちょう」と読める人は少ないでしょう。読み方のむずかしい市町村名の例として、よく挙げられます。南風原町とは「南風が吹く豊かな土地」という意味で、南国ムードを感じさせるロマンチックな町名です。その名の通り、南風原町は、沖縄ならではの豊かな自然と伝統文化に恵まれています。

南風原町は、琉球かすりや南風原花織など、伝統の美しい織物の工房が集まっています。琉球かすり会館では、さまざまな織物製品が展示販売されており、織物体験もできます。

また南風原町には、沖縄戦で多数の傷病兵を収容した沖縄陸軍病院壕跡があります。すぐそばには、沖縄陸軍病院や沖縄戦について豊富な資料と展示で学習できる南風原文化センターもあります。毎年たくさんの団体・個人が平和学習に訪れます。

ライト兄弟より100年先に飛んだ飛び安里

南風原町役場にて展示さえていた復元機。現在は展示されていません。

1903年ライト兄弟が動力飛行を成功させる約100年前の琉球王朝時代に、空を飛ぶことを夢見て、実際に飛ぶことができた飛び安里と呼ばれる親子がいました。二代に渡って試行錯誤を重ね、とうとう高津嘉山からの飛行に成功したと言われています!

飛び安里

230年の時を超えて、町おこしグループ「好きです南風原・夢・未来委員会」が、復元機「羽ばたき機」を製作し、実際に飛ばしています。1999年3月27日に高さ1~2メートルを10メートルから20メートル飛びました。

飛び安里飛翔碑

津嘉山には飛び安里初飛翔記念碑があります。この記念碑は1991年に建てられました。

飛び安里飛翔碑

飛び安里初飛翔記念碑にはこの階段を上っていきます。

飛び安里飛翔碑

飛び安里は諸説ありますが、一番有力なのは安里周當といわれていて、琉球王朝お抱えの花火師でした。

飛び安里初飛翔記念碑

住所:沖縄県島尻郡南風原町津嘉山

ウルトラマンを産んだ脚本家金城哲夫資料館

南風原町といえば「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」など、初期のウルトラマンシリーズのメインライターとして、シリーズ全体の統括した脚本家が、南風原町出身の故・金城哲夫です。金城哲夫の生家である料亭「松風苑」では、彼の書斎を当時のまま残して、金城哲夫資料館として公開しています。

金城哲夫は、中学まで沖縄で過ごし、東京の玉川学園高等部に進みます。その時の恩師上原輝男の教え子に円谷プロの創業者円谷英二の3男円谷皐(のぼる)がいた縁から、円谷プロでシナリオを書くようになります。

金城哲夫資料館は「松風苑」の敷地内にあります。「松風苑」は1954年に国際通り近くに「かどや」として創業。金城哲夫の父忠榮さんが獣医であったことから、当時沖縄はアメリカの占領下にあり、吸収から輸入する肉の検疫の仕事もしており、すき焼きに出会ったようです。肉の仕入れルートも知っていたので、哲夫の母つる子さんを中心に沖縄初のすき焼き店を開業しました。

ラードとニンニクを使い、肉を焼き、割り下を使って野菜を煮ていきます。野菜にキャベツを使っているのも特徴ですね。

今では、沖縄の食堂に行くとすき焼きが必ずメニューになっていますが、そのきっかけを作ったのが「松風苑」です。

◆ウルトラマンと沖縄の深い関係は?ザンパ星人にキングジョー!!の記事はコチラです。

南風原町ご当地キャラクターはえるん

出典:はえるんFacebookページ

そして南風原町のご当地キャラクターの「はえるん」です!南風原町は、琉球かすりや南風原花織など、伝統の美しい織物の工房が集まっており、はえるんも琉球かすりを着ています!

はえるんの頭は南風原町の美味しいかぼちゃで、眉毛はシーサーをイメージ。頭の上にあるのは南風原が生産高日本一を誇るストレリチア。町花でもあるブーゲンビリアもかわいいですね!

ぜひ歴史ある大綱曳きの復活を間近で楽しんだあとは、南風原町の観光も楽しんでくださいね!

南風原町立津嘉山小学校グラウンド(津嘉山大綱曳き会場)

住所:沖縄県島尻郡南風原町津嘉山684

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福岡県出身。沖縄が好きすぎて2011年に那覇市に移住。現在は、インスタグラムなどで沖縄大好きを発信中!沖縄モチーフの革小物を製作・販売するSunking LeatherCraft代表。レザーソムリエ。泡盛マイスター。

2024年7月22日公開、2025年5月31日更新

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