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ガイドと歩く「那覇まちまーい」から、シーサーに注目してみた!

ガイドと歩く「那覇まちまーい」から、シーサーに注目してみた!




沖縄に行くといろいろなところで出迎えてくれる「シーサー」。空港、城門、橋、通り… このシーサーを詳しく調べてみよう!
ガイドと歩く街歩き、那覇まちまーい「これ、何ですか? 沖縄の不思議と謎25連発」に参加して、いろいろと教わった中から、まずは、「シーサー」について注目しました。

【牧志駅前の「さいおん・うふシーサー」】

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壺屋のやちむんを使った巨大シーサー、「うふ」は大きい意味。「さいおん」はこのシーサーがある場所のさいおんスクエアで、琉球王国の高名な政治家「蔡温」から名づけられている。「うふ」というぐらいで、一度に焼くことはできず、3つに分けて焼き、後でつないでいる。
 

【シーサーの起源は?】

 
答えは「獅子」(ライオン)です。では、どこから伝わってきたのか。
紀元前6000年ころ、エジプトやインドで強さの象徴として、ライオンの石像が作られていた。それが、シルクロードを経て、中国に伝わり、ちょうど15世紀ころ、琉球王国は交易が盛んな時代で、そのころに伝わってきたというもの。
エジプトというと「スフィンクス」、シンガポールの「マーライオン」などは同じ流れでしょう。もう一つ、日本には同じ流れをくむものがありますね。そうです、「狛犬」です。こちらは、中国唐の時代に、朝鮮半島を経て、仏教とともに日本に入っている。高麗(こま)から狛犬になったのだろう。
 

【左右のシーサー】

 
ここで、首里城勧会門のシーサーを見てみよう。2つの写真を貼り合わせているので、実際は門を挟んで左右に鎮座しています。
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左右にある点では、シーサーも狛犬と同じです。普通は、口の空いたシーサーがオスで、向かって右側にいて、「福」を招き入れ、口の閉じたシーサーが左側にいるメスで「災難」を家に入れないはずですが、両方口を開けていてこういう例外もあるんですね。
 

【各家庭にもあるシーサー】

門柱、屋根の上にあるシーサー、まずはいくつか見てください! ちなみに、この写真は普段の街歩きの際に撮ってあった写真です。まちまーいの今回のコースで撮った写真は、一般家庭のシーサーになるため撮影上の問題で使用しませんでした。
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シーサーにも個性がありますね。
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なんかかわいいですね。
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いろいろなタイプのシーサーがいますね。本来、赤瓦屋根は、ある程度格式の高い家が作ることができたとされます。19世紀ころから、屋根の上のシーサーが作られました。屋根瓦職人が、余った漆喰を使って「除災招福」を願い、おまけで作くられているのです。だから、職人の個性が出るのでしょう。
どうでしょうか、シーサーの見方が少し変わったでしょうか。ガイドについて教わると、何気なくあったものが、その背景がわかってきて面白くなってきますね。今回の、那覇まちまーい「これ、何ですか? 沖縄の不思議と謎25連発」のほんの一部です。少しづつ披露していきたいと思います。勧会門のシーサーの部分もまちまーいで教わったところです。
ほかにもたくさんのコースがあるので、参加してみてはいかがでしょうか。


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